「帰還」

6.

トリトンとピピは岬の下の海中をすすんだ。浅い方はやはり流れがきついので少し深く潜る。
すると、底の方の崩れた岩の間に転々と白いものが見えた。長いものや細いもの、そして
明らかにクジラの肋骨のような形の骨があった。
岬の下敷きになった怪物の骨が累々と転がっていたのだ。
「すごいな。すっかり骨になっちゃってる。」
「アタシもみたの。だから気持ち悪くて遠回りして来たのよ」
あの時岬の下は血で染まったのだった。
頭蓋骨が割れているのが見えたとき、断末魔の怪物の叫び声が聞こえて きそうだった。
自分を村から追い出すきっかけを作ったこの怪物を恨んだときもあったが、遅かれ早かれ、
自分はここから出て行かねばならなかっただろう、と思った。
「魚たちにつっつかれたんだな。もう骨だけだ。」
「いやだあ、魚って死んだ怪物も食べるわけ?」
「当たり前だろ。貝だってそうさ。海ってのは弱肉強食さ。それに食物連鎖ってやつさ。」
「え?何?」
トリトンは良く話を呑みこめないピピに真顔でいった。
「もしかしたらピピが食べた貝も、この怪物の肉を食って太ってたのかもしれないぞ」
「いやあだあ!気持ち悪いっ!変なこといわないでよっっ」
「あはは、冗談だよ」
つっかかってくるピピをひょいとかわし、トリトンは身に付いたスムースな動きで海中を進んだ。
2人は追いかけあいをしながら沖へと泳いだ。


海上に出たとき、遠くに白い影がみえた。
ルカーだ。
2人を迎えにきたらしい。
ルカーは静かに2人の所に泳いできた。
「トリトン、お帰りなさい。一平おじいさんとは会えましたか?」
「うん・・・。ありがとう。行くのを許してくれて・・・」
「何を言ってるんです。あなたはちゃんと戻ってくると信じていました。
一平おじいさんはお元気に過ごしておられましたか?」
「うん、すっごい元気だった!困ったぐらいだったよ。」
「そうでしたか」
トリトンの嬉しそうな笑顔をみて、ルカーは安心した。
やはり一度来て良かったと思った。
ピピが口を挟む。
「トリトンったら、アタシもおじいさんに会いたいっていうのにダメだっていうのよっ」
「ピピ!わがままいうなよ。お前の格好見たらじっちゃんがひっくり返っちゃうよ」
「トリトンだけなんてずるいっ」
ピピはどうも納得いかないようだった。シッポで波をばしゃばしゃならして抗議する。
「ピピさん、あなたがいつか、トリトンと同じ姿になったら、もう一度ここに来てみてはいかがですか?
おじいさんもきっと喜ばれるでしょう」
「そんなのいつかわかんないじゃない・・・・」
ピピは口をとがらせる。
「さあ、行きましょう。イルカたちが待っています」
トリトンはルカーにのった。トリトンは未練がましいピピをひっぱって前に乗せる。
自分よりもピピの方が心残りの感情をもっていることに少し驚いた。
ピピは北の海に還っても迎えてくれる者はいない。
そう思ったとき、少し後ろめたい気がした。
ルカーは静かに沖へと進んだ。
トリトンは岬の方を振り返ってつぶやいた。
「さよなら・・・じっちゃん」

しばらく沖に進み、村が水平線から見えなくなりかけたとき、船のエンジン音が聞こえた。
そして後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。
「トリトン!・・トリトンッ!」
漁船が一隻近づいてきた。船の中から呼んでいる人影がある。
一平だ。
「トリトン!待て!待たんか!」
ルカーはおどろいて、進むのをやめた。
トリトンもビックリして振り向く。
ピピはさっと海の中に身を隠した。
一平は手に紙切れを持っていた。
トリトンが書いた手紙だ。
「トリトン!なんじゃこれは!間違いだらけだぞ!もっとましな置き手紙を書け!」
「・・・じっちゃん・・・大きな声で言わなくても・・・」
トリトンは頭を抱えた。
「こらっ、黙って行ってしまうとはなんじゃ!挨拶ぐらいしていかんかあ!」
「じっちゃんったら・・・」
大声で怒鳴る一平に少し気恥ずかしさおぼえたトリトンだが、内心嬉しくもあった。


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