■海神トリトン■

その1
その2
その3
その4
ギリシア神話のトリトン神の紹介
:TVトリトンとのイメージの差
:その他のギリシア神話のトリトンのエピソード
:日本神話との連想


その1:ギリシア神話のトリトン神の紹介

 トリトン
はギリシア神話では海神ポセイドンの息子ということになっている。

 古くからの海神ネレウスの娘(ネレイデスと称される)の一人アンフィトリテとの間の息子である。
(ということは、神話ではネレウストリトンのおじいさんにあたる)
 半身半魚(いわゆる人魚)の姿で、法螺貝をふきならし、波を沈めたりするらしい。
多くはひげ面の男性の姿で描かれ、性格は乱暴で波間からニンフや女性をさらったりする好色な生き物として表現される。
   また一説によると、トリトンポセイドンの持つ武器、トライデント(三つ又の矛)の擬人化とするものもあり、ポセイドン神との縁が深い。


 しかし優しい一面もあり、父神ポセイドンの起こした嵐をしずめたり、ギリシャ神話版ノアの箱船といわれる、デウカリオンピュラが生き残った洪水の水を引かせたりもしている。


 またこんな伝承も残されている。
昔、タナグラという地で、海神トリトンが国を荒らし廻り、人々は彼を捕らえるために海岸に葡萄酒をおいて誘い、それをトリトンが飲んで熟睡しているところを、ある漁師がその首を切ったという。そしてその土地には首のないトリトンの彫刻があったという言い伝えがのこっているそうである。。(ややこしい)この海神トリトンの姿は下半身は大蛇のようであったという
この話はまるで日本のヤマタノオロチを連想させる。このような伝説が残っているところが大変興味深い。

 ギリシアの人々が海神トリトンに対して抱いていたイメージが両義的で大変面白く、複数の海神が融合したのではないかと想像できる。

 トリトンは絵画や彫刻の題材にもされた。宗教画で有名なルーベンスは背景に海の精のトリトンを描き、 画家ベックリンは「トリトンとネレイド」という題材の絵を描き、そのネレイドは赤毛の魅力的な人魚の女性で、トリトンは怪物のように描かれている。
 有名なローマのトレビの泉には海神トリトンの彫刻もある。アメリカのサンフランシスコにはトリトンという名のホテルや、美術館もあるそうだ。世界の街々にはトリトン神があちこちに隠れているのかもしれない。

 「トリトン」の語源だが、実ははっきりしない。「トリート」という言葉は、先住民系の語で、「水」「川」「海」を意味する言葉であったとする学者もいるが、未だ定説はない。トリトンはもともとはギリシアの神でなく、アフリカのリヴィア周辺の川や湖の神であったらしい。
 リヴィアにトリトニス湖という湖があったり、トリトンの娘の名にリヴィエがあったりする。
別の伝説ではロデーという娘がいて、太陽神ヘリオスの妻になったという。
ヘリオスもまたギリシア神話の主役の神々が活躍する以前の古い太陽の神格である。
 伝わる話によって娘や妻の名が微妙にちがうのは、複数の海神が融合した結果ともとれる。
(決してトリトン神が浮気者であるということではない;;)
 

 彼の母親のアンフィトリテはもともとアザラシたちの守り神であったらしい。(というのか、アザラシを従えた海の女王様だったらしい)一説によると彼女は人魚の姿だったともいう。
 初め彼女はポセイドンの求婚をいやがったという。求婚を拒み、父ネレウスの神殿に隠れてしまった彼女のもとにポセイドンを導いたのがイルカであったとされる。また、アンフィトリテの気を引くためにポセイドンが作った魚(?)がイルカだともいう。
イルカは後にポセイドンの「正妻」を見つけ出してくれたという「功績」で星座になって空に昇っている。
 求婚を「いやがった」ところにギリシアの神々と地元(?)の神々との軋轢、すなわち先住民と移植してきたギリシア人たちとの間の確執が想像される。
 
 そういえば原作漫画の中でポセイドンの使いがトリトン族の人魚のピピ子を探し出そうとするエピソードがあるが、これは偶然の一致だろうか。


その2:TVトリトンとのイメージの差

 それにしても、『海のトリトン』の世界で表現された少年トリトンと神話のトリトンとのギャップは大きい。
共通点といえば法螺貝をもっていることぐらいである。
 
 ギリシア神話の中のトリトンは上記でも説明したように一応男の人魚なのだが、下半身が蛇だったりごついひげ面の男だったり、老人であったりする。
最近のものではディズニーの「人魚姫」アリエルの父が「トリトン王」だが、そのイメージの方ががギリシア神話のイメージにより近い。わずかに「アルゴナウタイ」に出てくる導き役のトリトン神が美青年の姿だが、それもトリトン神が「老人」であるということを前提にしたイメージギャップである。

  多くのファンの方が『海のトリトン』をギリシャ神話やアトランティス伝説の入り口としているようだが、このイメージを求めてギリシャ神話をひもとくと裏切られる。実は私もその一人で、こんなんじゃ私のイメージする少年トリトンとちがう!!と嘆いたクチだ。
  だがしかし、どこかに「海の上をゆく少年神」というイメージの神がないものだろうか。
緑の髪でギリシャ風の衣装を着て、白いイルカに乗って旅をするTV版の『海のトリトン』のイメージは秀逸だ。
海の上に彼がいるだけで絵になる気がする。
 このイメージに近いものとして、私が探し当てたものがギリシャ神話の海の神のパライモンだ。

 パライモンは少年、というより幼児の姿をしているそうだ。生前の名はメリケリテスと言った。
母はイノ。葡萄酒をひろめたとされる神ディオニソスの母・セメレの妹である。
ということはデュオニソスとは従兄弟にあたる。メリケリテスとデュオニソスはともに育った。

  セメレは大神ゼウスに愛された女性だった。ゼウスはセメレを愛していたが、それを嫉妬した正妻ヘラが老婆に化け、
「ゼウスを騙る卑しい者ではないか」と疑いをいだかせ、セメレに神であるなら本当の姿を見せてくれるように頼んでみてはどうかともちかける。
 ある日、セメレの懇願にゼウスはその本当の姿を現し、そのすさまじい稲妻と雷鳴のためにセメレは絶命する。(恐るべし女神の嫉妬!)
ゼウスは不憫に思って、セメレの胎内に宿っていた月足らずの赤ん坊を取り出し、臨月まで自分の腿に埋め込んで育てた。そして生まれ出るとその赤ん坊の養育をセメレの妹のイノにゆだねる。その子どもがディオニソス(ローマ名バッコス)である。
 ディオニソスには「二度生まれた」という意味がある。
 またディオニソスは大変な美青年で両性具有的な要素と退廃的なムードがただようが、男性と女性の両方の胎内にいたということも関係しているのかもしれない。また、彼はゼウスペルセポネとの息子、正当な跡継ぎだったザグレウスの生まれ変わりともされる。
ペルセポネゼウスデメテルとの間の娘なので父娘相姦の息子となり、ここにも禁断と退廃のイメージがある。
 話がそれた。イノに戻そう。

 イノによってデュオニソスが生きていることを知ったゼウスの妻のヘラが、再び嫉妬にかられ、イノの夫アタマスを狂気に陥らせた。アタマスは息子と動物の区別が付かなくなり、狩ろうとして追いつめた。その魔手から逃れるためにイノは息子のメリケルテスとともに海に身を投げた。このときディオニソスは助かり、後にニンフに養育された。
 二人はポセイドンによって、それぞれ、 イノはレウコテア、メリケルテスはパライモンと呼ばれる海神になったとされる。
レウコテアとは「白い女神」の意味である。

 また別の伝説ではイノは煮立った釜にメリケルテスを投げ入れて殺し、その遺体を抱いて海に飛び込んだともいわれる。

海神パライモンの出生にはこのような悲しい伝説が隠されている。

 パライモンは航海中の船を守る神で、水夫たちの守護神とされ、イルカにのった子供の姿で現される。

 もう何年前の映画だろうか。
ソフィア・ローレン主演の古い映画『島の女』をTV放映で見たとき、水中からイルカに乗った少年像を引き上げるシーンをみたが、これがそのパライモン神のイメージに近い気がする。この像の実際のモデルは、アテネにある国立考古学博物館所蔵の、「乗馬姿の少年像」だそうだが、馬をイルカに換えるとどことなくトリトンのイメージである。
 
  私はこのパライモン少年が『海のトリトン』の世界の少年トリトンに、そして、母なるレウコテアは白いイルカに姿を変えて彼を守ってると
いう気がしてならない。

 ディオニソスの母のセメレと、姉妹のイノは、元々この地方の女神だそうだ。
ディオニソスが二度の出生のあとで蘇り、イノの息子のメリケリテスが海の神となった(平たく言えばこの世では死んだことになる)など、
複雑なエピソードが語られる背景には、イノが古い女神でセメレがゼウスの愛を受け入れた新しい神の妻になったということで、
ゼウスを主神とする民族との軋轢がうかがえる。このような神話が成立する背景にはすさまじい民族闘争があったのかもしれない。
 パライモンについては詳細は不明だが、地元で信仰されていた神かもしれない。
 
 この意味でもポセイドン神とトリトン神との関係も、ポセイドンが海の神になったとき、(元々は大地神とされる→「ポセイドン」の項を参照のこと)
地元で信仰されていたトリトン神が「息子」という形で取り入れられていったのかもしれない。



 

3:その他のギリシア神話のトリトンのエピソード

 ギリシャの観光名所、アクロポリス神殿の「ご本尊」は女神アテナである。
彼女はアテナイの守護神で別称が「トリートゲネイア」なのだ。意味は「トリートに生まれた女」である。
これは、ゼウスがボイオティアのトリトーン河、あるいはリヴィアのトリトーニス湖のほとりでこの女神を産んだとされるためである。
 ここでもゼウスは「母親」になって女神を産んでいる。
なぜ、男神が女神を生むエピソードがあるのだろうか。

 ヘシオドスの『神統記』によれば、ゼウスメティスと交わり、彼女は懐妊した。
だが、ゼウスはかつて自分が父クロノスを追い落としたように、産まれる子に王権を奪われるのをおそれ、懐妊したメティスごと飲み込んでしまった。メティスとは、「知恵」を表すことばである。
  しかし、ある時、ゼウスにひどい頭痛がおこり、ヘパイストスの手助けで額を割ると、そこから完全武装した姿の成人女性アテネが生まれ出た。彼女は知恵を駆使した戦いの女神とされ、同じ戦神でも血なまぐさい殺戮を好むアレス(ゼウスとヘラの子)とは区別される。
 そういえば、『古事記』にも、イザナキ神(男神)が禊ぎをすると、そこから、女神アマテラスが生まれたという記述が見える。
男神からの女神(それも位の高い神)の出生は何を意味するのだろうか。

 またアテナのもう一つの別名は「パラス・アテナ」という。
それは 彼女とトリトンの娘パラスが一緒に育った(すごした?)からだとされる。アテナはこのパラスを親友としていた。
(パラスの母親に当たる神がわからない)
 ある時、武術の訓練をしていたアテナは誤ってパラスを死なせてしまい、その死を悼んで、以後「パラス・アテナ」と名乗ったという。
叙事詩「イリアス」で有名なトロイアの街の創世にこのパラス・アテナが関連し、トロイアの秘宝としてパラディオン像(すなわちアテナ像)があったとされるが、この「パラディオン」の名称は彼女が「パラス・アテナ」と名乗っていたエピソードのよるものと思われる。

 思えばアテネの出生も、大神ゼウスの額から生まれたとされ、デュオニソスに負けず劣らず異様である。
これはアテネゼウスの養女になったことを意味するのではないだろうか。
 男の神から生まれたという出生は、明らかにギリシャの神話に先住民の神々が強引に取り込まれていく過程が想像できる。



4:日本神話との連想

 少しギリシャ神話とははずれるが、日本の神話では海の神は綿津見(わたつみ)ということになっている。
「海童」とかいて「わたつみ」と よませたらしい。(海神と書いて「わたつみ」と読む神社もある。)
韓国語で海のことを「パダ」あるいは「パタ」と呼ぶ。音韻変化で「パダ」→「ワタ」となるのは自然かもしれない。
 ただ、「童」の字は、本来「しもべ」「下男」の意味があり、入れ墨された人の意で、かなりさげすんだ意味合いが含まれている。子どもの意味を現すようになったのは後世になってからである。

 『古事記』『日本書紀』を記録した大和朝廷の人々に、漁労をいとなむ先住の日本人を下に見る傾向があり、その崇拝する海の神も
自分たちの神より下に見ようとしたらしい。それがこのような文字を当てたのではないかと思われる。
 だが、柳田國男の説によると、むかし、海の神は子どもの姿をしていたなごりだという。
確かに中国の水神は三歳ぐらいの小児の形で、肌が赤黒く、目が赤く、耳が長く美しい髪をしていると表現されている。
また「海神小童」とも言われる海の少年神(幼児)があるようなのだが、調査不足でよくわからない。
 
 また日本の海神は古くは母子の姿で現されており(子供の姿は幼い)ギリシア神話のレウコテアとパライモンとの類似もうかがえる。

自分は文字通りの解釈で(強引に)海の少年神と読みとりたい。
 太古の昔から、洋の東西を問わず川や海を守る神は少年の姿をしているのかもしれない。

 
 TVアニメ『海のトリトン』の世界では、陸で育った海人、トリトン族の生き残りとして描かれる。
13歳の彼は物語中でよく泣き、怒り、豊かに感情を表現してくれた。

 また敵であるポセイドン族と勇敢に闘う勇ましい少年でもあり、頭も切れそうだ。
不思議な短剣オリハルコンを輝かせ、イルカとともに海を守るため闘う緑の髪の少年は、ギリシア神話のトリトンとはまたちがう
イメージを、私たちに与えてくれた。

 

参考図書

 
人魚の系譜 笹間良彦      五月書房

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